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ヤマタノオロチを退治した須佐之男命(スサノオノミコト)、「因幡(いなば)の白うさぎ」の大国主命(オオクニヌシノミコト)など、日本神話の挿絵などに登場する男性神は、皆左右に分けた髪を耳のところでひょうたんのような形に束ねています。この髪型を「みずら(美豆羅、美豆良、角髪)」と言います。
3世紀の「魏志倭人伝」で邪馬台国のようすが描かれた一文にも「男子皆髪は“みずら”、木綿を頭にかけ、その着衣は横幅の広いものを、ただ結束して相連ね、縫うことはない」と記されているとおり、みずらは、古代の日本男性にとって、定番のヘアスタイルだったようです。
ただし、散髪の習慣がない古代において、毛髪は伸ばし放題でした。戦や労働を担う男性にとって、みずらはファッションと言うより、じゃまな髪の毛をまとめる「生活の知恵」だったのかもしれません。同じく魏志倭人伝で女性の髪型は「婦人は髪を束髪のたぐい」だったと記されています。つまり、女性は当時から、伸ばした黒髪を垂らし、風になびかせていたわけですね。
その後、古墳時代から大和時代に至るまで、みずらは男性、特に貴族クラスの人の髪型として定着しました。古墳から発掘される埴輪を見て「耳が大きいな」と思った人、いませんか? あれは耳ではなく、みずらを結った男性を表しています。 |
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古代と言っても2000年前くらい前の話ですから、髪の毛はすでに実用を脱して、おしゃれやメッセージの役割をもち、「みずら」も神聖なものとして扱われていたはず。「みずら」はカジュアルな感じではないので、位の高い人に許された、ある意味シンボリックな、ファッション的な髪型だったのかもしれません。そしてこれは弥生時代よりもっと前、縄文期時代からあったとも考えられます。三内丸山古墳の頃には、すでに大陸との貿易が盛んだったと言われるように、古代の日本は、我々が想像するよりもずっと国際的だったんです。実は、その頃「大陸じゃこんなものが流行ってるらしいぜ」なんて、はじまったのかもしれないですね。
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