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飛鳥時代に入るころになると、古代日本男性の定番だった「みずら」にかわって、「髻(もとどり)」という髪型が登場します。以降は、主に男性貴族のスタンダードな髪型として定着し、現在も宮廷行事などに引き継がれています。しかし、その長い歴史を振り返って、もとどりがいったいどのような髪型だったのかを示す、文献や図画などが極端に少ないそうです。その理由は、「人に見せられない」ものだったから。
・・・もちろん、格好が悪かったというワケではありません。もとどりには、普通のヘアスタイルとはちょっと別の役割があったのです。
聖徳太子の業績として有名な「冠位十二階制」を覚えていますか? 冠位とは文字どおり人の役職や身分を冠(かんむり)の色や形などで表すことで、飛鳥時代に中国からわたってきた慣習です。そして、この冠をかぶりやすく、しかも安定するように、伸ばした髪を頭の上でまとめ束ねたのが、もとどりの起源と言われています。つまり、もとどりは冠を体裁良く見せるための基礎、今で言えば洋服の肩パットや、シークレットブーツのヒール(?)のような役割を果たしていました。それだけに、当時、冠を人前ではずして、もとどりを人前にさらけ出すことは、今で言えば人に下着姿を披露するような恥ずかしいことだったわけです。 |
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権威の象徴として、髪だけではもの足りなくて、冠とか烏帽子などかぶりものに流れたのは、いわば必然的だったかもしれません。ちなみに、江戸時代の絵などを見ると、病人はたいてい、歌舞伎の助六みたいに鉢巻を巻いています。あれも、たとえ病気でも自分は文明化された人間だという一種の権威をあらわしていたと考えられます。妊婦の腹帯も元々は鉢巻だったとか。神功皇后が応神天皇を身ごもったまま戦に行きますよね。あの時に、同行した巫女が自分の鉢巻をお守り代わりに、皇后の腹に巻いたのが起源といわれていますから、やはり神聖なものなんですね。
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