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江戸時代の男性のヘアスタイルといえば、月代(さかやき)を剃って髷(まげ)の先を銀杏(いちょう)のように広げた「銀杏髷(いちょうまげ)」や、髷の毛を細くまとめた「小銀杏髷(こいちょうまげ)」、さらに、月代を剃らずに、前髪をなでつけて後ろで引き結ぶか、髷を作った「総髪(そうはつ)」など、けっこう、いろいろありました。
当時、武士が髪を結ってもらったのは浮世床。当時のヘアサロンといった趣の場所ですが、ひまなご隠居が髪を結うでもなく、ただおしゃべりのためにふらっと立ち寄ったりもしていたようです。ただし、中級以下の武士は、ひんぱんに髪を結ってもらうほど豊かではないので、髪の手入れは、もっぱら女房の仕事。このため「カカァ束ね」とも言われていました。
これが、たいへんな力仕事だったとか。髷に後れ毛があると、だらしないからと、男の人の頭は1本の後れ毛もないように鬢付け油(びんつけあぶら)で固めてあります。これをとかすだけでもたいへん。さらにそれを引っ張って伸ばして強く、くくって折り曲げ、髷を作るのですから、若くて毛の量が多いとホントに重労働だったようです。亭主の髪を結ううちに奥様はどんどんたくましくなっていったわけです。
ちなみに、武士の髪型を「ちょんまげ」と言いますが、本当は、年老いて髪の量が減って大きな髷が結えなくなり、ちょっぴりの髪で髷を作ったのをちょんまげと呼んだそうです。 |
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江戸の町では、火鉢や布団など日用品のほとんどがレンタルだったのを知っていますか? 損料屋(そんりょうや)というレンタル業者がいて、必要なものは何でも貸してくれた。江戸の町はそうやって、いろんなものをみんなで使い回し、ムダを出さない「リサイクル社会」だったわけです。ふんどしまで貸してくれたそうですよ。でも、そんな中で女性の人口だけは極端に少なかった。初期の江戸の町は人口のだいたい1割か、それより少ないくらい。だから髪を結ってくれる女房なんて「超レアもの」。奥さんや嫁さんではなく「カミさん」と呼ばれ、あがめられていたのも無理のない話です。
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