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「半髪頭をたたいてみれば因循姑息(いんじゅんこそく)の声がする。惣髪頭(そうはつあたま)をたたいてみれば王政復古の音がする。斬切り頭(ざんぎりあたま)をたたいてみれば文明開化の音がする」
明治4年8月9日に発布された「断髪令」に先だって、この有名なコピーを新聞に掲載させたのは、西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三傑」と並び称される、木戸孝允(桂小五郎)です。明治維新後の新政府は、欧米に追いつけ追い越せとばかりに、西洋文化・思想の導入に積極的でしたが、頭の中を変える前に「まずはヘアスタイルから」。つまり、武家社会の象徴でもあるちょんまげを切り落とし、ザンギリ(斬切り、散切り)頭にすることを推奨したわけです。ただし、この断髪令には強制力がなかったので、発布当初は、長年慣れ親しんだ髷(まげ)を切り落とすのを拒む人も多かったようです。このため、ちょんまげのままでいる人には税を課すなどという県もあったのだとか。
そこで明治6年3月20日、明治天皇は「国民にザンギリ頭を定着させるために」と、自らすすんで断髪をされたそうです。そんなパフォーマンスの甲斐あってか、その後、徐々にザンギリ頭にする人が増え、総髪撫付(そうはつなでつけ、オールバック)、中割(真ん中分け)、開化頭(長髪の七三分け)など、ザンギリのバリエーションも登場するようになりました。 |
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幕末の志士で、西洋人にあうと馬鹿にされるということで、維新前にいち早く断髪した人がいます。でも、まだ江戸時代なので髷を結っていなければ登城ができない。それどころか外出もできないわけです。仮病でしのごうとしたけれども、結局ばれて謹慎処分になったのだとか。でも、この人もいわゆるファッションリーダーと言えるでしょう。ちなみに維新後、東京府(現在の東京の前身)では女子断髪禁止令が出されています。これは断髪令を受けて女性がどんどん短髪にしちゃったからなんですね。いざというとき、女性のほうが変化を受け入れるキャパシティは大きいようです。
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